今夢の戯言

今夢(いまむ)の日々の戯言です

真剣と書いてマジと読む①(1997)


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もう20年も前。

でも、鮮明にこのドラマの事は覚えている。

まだ中学生だった私には、とても衝撃的なストーリーだった。いや、今見ても、衝撃的なストーリーだ。

 

隔離され、その中に大人は一人もいない。

20歳未満の子供達だけの狭い世界で、初めは争い事ばかりで、問題も多かったけれど、だんだんとまとまっていき、自給自足したり政治をしたり、薬を買う為に脱走したり電波ジャックしたりと、子供なりに必死に知恵を搾って生きようとし始めたのだった。大人になった私が見ると、(10代の子供だからこそできる無謀で考えなしな行動だな。でも、だからこそ強いんだな。)という感想を持った。10代だった私は、当時はどんな事を思って見ていたのだろうか?残念だが、もう覚えていない。

 

見直してみて気付いた事がある。

意外にも、【未満都市 ミマンシティ】の名付け親は、相葉さん演じるアキラだった。『俺達の国旗っていうか旗を作ろうぜ!』という一言から、地区の名前を付ける事になったのだ。子供達だけだけれど、確実にルールなども出来ていき、幕原地区は、小さな小さな国になっていったのだ。きっと、地球上の人間も、初めはルールも知恵も道具も何も無くて、そうやって争いながら、少しずつ進化してきたのだろうなと思った。【人間の本質、ルーツ】のようなものを見せられているようなドラマなのだ。

 

『俺らは死んだってかまへんねん!お前らには、その覚悟無いやろ!』タケルは言った。これが、未満都市の中で一番(あぁ…後先考えずに気持ちだけで行動できる10代の若い頃じゃないと言えない言葉だよねぇ…)と思わせる台詞だった。死んでもかまわない!なんて無鉄砲な若い頃じゃないと、とてもじゃないけど言えない。大人になると、良い意味でも悪い意味でも、守らなくてはいけないものが、子供の頃より圧倒的に増えているのだ。簡単には死ねないのだ。

 

でも、その後にヤマトが言った。『違う。死んじゃダメなんだ。それじゃ何もかも無駄になっちまう。ここで俺達が死んだら、今日まで何の為に苦しい思いをしてきたんだよ。何の為に戦ったんだ。』その時きっと、ヤマトは少し大人になろうとしていたのだ。守る為に、今は諦める。そう考えたのだ。一番冷静で、大人な意見だった。

 

マコト『それ(政府に花を渡す事)は嫌だ。死んでも嫌だ。』

キイチは、『正義の為にカッコ良く死のうぜ。』と言った。

これらの台詞から、それぞれの性格と思いが見える。思春期ならではの危うい無鉄砲さ。それは、大人から見ると、愚かではあるけれども、大人にはもう真似できないカッコ良さでもあるのだ。そう感じてしまう私は、すっかり大人になってしまったのだな、と思った。まだ青い彼らが羨ましくもあった。

 

ヤマト『20年後、コレ(人工衛星の欠片)を持って、またここで会おう。』

タケル『えらい先の話やな。』

 

そう。えらい先の話だと思ってた。

でも、とうとう今夜その日がくるのだ。

まるで、忘れてたタイムカプセルを掘り起こすような気持ちだ。

今、私は、【懐かしい】という優しくワクワクする気持ちを、ゆっくりと味わっている。

 

ヤマト『アンタがおかしいからさ。』

タケル『可哀想やのぅ。』

ヤマト『アンタらは、どうやったって、もう俺達のようにはなれない。』

タケル『せやけど、俺達はアンタらになれる。これから大人っていうやつになっていくんや。』

ヤマト『けど、ならないぜ。アンタらのような大人にはな。』

タケル『絶対な。』

 

僕らが戻る場所は、僅かな時を共に戦った仲間達と、再び会うその時までの、競争の場だ。勇気ある大人になれるのかを競う、競争の場所だ。

 

未満都市のサブタイトルでもある、ぼくらの勇気。今夜、大人になった彼らの最後の勇気が見られる。誰がどのように成長していて、どんな勇気を見せてくれるのか。自分の子供の頃の記憶と、今の自分の姿を重ね合わせながら、懐かしさと共に新鮮さを味わいたい。

 

私は、彼らは、どんな大人になったのか。

今夜、それを確かめたいと思う。