今夢の戯言

今夢(いまむ)の日々の戯言です

真剣と書いてマジと読む②(2017)


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私はとても楽しませてもらった。

アラサーのジャニヲタが泣いて喜ぶストーリーになっていた。オープニングの個性的なあの映像を、新旧混ぜてリニューアルされていたのも感動したし、小ネタがたくさん盛り込まれていて、堤幸彦さんらしい演出だった。私は、リアルタイムではストーリーを追って、録画で2回目を見る時に小ネタを探しながら見た。

 

ジャニーズ大集合なこのドラマ。たまらない。特に、今回、かなり異例の特別出演となった、小原裕貴をまた見る事が出来たのが、何よりも感動した(笑)

 

身勝手な大人達の起こした事件に巻き込まれた20歳未満だった子供達が、その後、どのような大人になったのか?ストーリーテーマは、そんな感じである。

 

アキラ『忘れるしか無いんだよ。タケル。もう何も失うものが無かった頃の俺達じゃない。大人なんだよ。』

 それをタケルから聞いたヤマト『そうだよな。大人だったら誰だってそうする。』

 

ヤマトは、熱血漢な少年ではなく、冷静な大人になっていたのだ。

…と、思わせておいて、本当は、またみんなに黙って一人で何とかしようとしていたのだ。相変わらず、という言葉はこういう時に使うんだろう。でも、それをタケルはちゃんと見抜いた。その時のやり取りに、KinKi Kidsファンや全てのジャニヲタ、BL好きな腐女子が萌えて悶えて歓喜するシーンがあった。

 

ヤマト「俺は、お前に死んで欲しくない。だから…大人しく一般市民として生きていくしか…」

タケル「ヤマトくん…これは何かな?(ウイルス捕獲用の瓶)」

ヤマト「あ…」

タケル「お前ホンマに変わってへんなヤマトくん…あ…(瓶を床に落とす)」

ヤマト「あ!おいお前!お前この瓶割れたらウイルス閉じ込められなくな…あ…」

タケル「また自分だけカッコつけようとしてるや~ん!」

ヤマト「いや俺はカッコつけたわけじゃ…」

タケル「俺かて死んで欲しくないねんお前に。死ぬ時は一緒やろが。」

ヤマト「タケル…」

タケル「成り行きやけどね。」

 

こういうやり取りが似合う人達なんだよな。KinKi Kidsって。仲悪そうで仲の良さそうというか、距離感が素敵というか。この未満都市は、KinKi Kidsなくしては成立しない。あのコンビだからこその面白さなのである。

 

ヤマトが生徒達の前で言った言葉。

「願わくば、君達にも今しか出来ない事をやって欲しい。今好きな事を、今目の前にある事を精一杯やって、今この瞬間を生きて欲しい。そういう一つ一つの今が繋がって、未来になる。先生はそう思う。」

これが、今回のテーマの核となる台詞だと思う。ヤマトの台詞ではあるけれど、そこにすごい説得力を感じるのは、KinKi Kids堂本 光一だからなのだろう。若い駆け出しの頃、アイドルとして、その時その時の仕事を、精一杯やり抜いて生きてきた。それが出来たから、20年、KinKi Kidsも、そして、嵐も生き残ってこれたんだよね。だからまた、この未満都市がSPドラマとしてやれたんだよね。深い台詞だった。いろいろ思い出しながら、その台詞を聞いていた。

 

その後、先生辞めちゃうの?と言われ、「やるだけだ。今しか出来ない事を。」と答えた。

 

そう。目の前のことを精一杯頑張る。

当たり前だけど、なかなか出来ない。

そして、頑張り方を間違えると、未来は無いかもしれない。今出来る事を、一つ一つ、懸命にやり抜く以外に未来を作る術は無いのだと思う。あの頃このドラマを、リアルタイムで見ていた人達にはもちろん、今の若い人達にも、このドラマのテーマは刺さるんじゃないかな。今回初めて見た若い世代は、もしかしたらまたやるかもしれない、20年後の未満都市2037の時に、今回の私のような、懐かしく感慨深い感動をする事が出来るのだろう。

 

ヤマト「ウイルスが生き返ったんだ。でも、政府はそれを認めていない。モリ、お前だったらどうする?」

モリ「僕は…僕には仕事がある。」

ヤマト「安心した。頑張れよ。」

 

スズコ「見て見ぬふりして前に進むしか無いのよ。」

シングルマザーとして生活している彼女には、確かにその道しか選択する余裕は無いのだと思う。

それぞれが、ただ今の自分の生活と正義を貫いているだけで、間違ってなどいないのだ。

 

政府の人間が言った。

「正義なんてのは、力の無い奴が使っても無力なんです。」

ヤマト「正義なき力は暴力だろう。」

「はぁ~…青臭いですねぇ。この世界はね、力のある人間が正義なんです。」

正義は、きっと一つではない。それぞれの正義があるのだ。勝つ事だけが正義でもない。負けても諦めず、時を待ち、武器を磨いておけば良いのだ。

 

このドラマはシリアスなテーマだけではない。コメディでもある。藻のくだりはKinKi Kidsだな!って思った(笑)

ヤマト「藻だ…凍ってる…こっち『も』だ…これ『も』』だ…」

タケル「これ『も』や」

ヤマト「ダジャレか?」

タケル「な…何でや!こんなとこで言うわけないやろアホか。」

ヤマト「で『も』~何でこんなとこに…」

KinKi Kidsが、関西弁でやり取りしているだけで、面白いシーンになるのだ。

 

タケル「これがあの時言うてた、あいつらみたいな大人にならへんちゅう事であってるんですかね?」

ヤマト「さぁな…20年後に分かるんじゃないか?」

タケル「20年後?」

ヤマト「20年前にやった事の意味が、ようやく今になって分かってきたのと同じようにさ。」

 そう。先の事など、誰にも分からないのだ。その時は正しいと思って貫いた正義も、もしかしたら後になって、間違っていたのかも…などと後悔する事もきっとあると思う。【正義】とは、【今の自分の出せるベストの答え】なんだと思う。そしてそれは、数年後、数十年後の、自分への問いかけでもあるのだ。

 

そう考えると、20年後が楽しみだ。そして怖い。タイムカプセルを掘り起こすような楽しみを与えてくれた、未満都市2017。また20年後、2037年に今の自分の正義の答え合わせをするように、未満都市が見られたらいいなぁ…と思っている。

 

だから、今を懸命に生きなければ。

今の自分の思う正義を、20年後の自分も『あれで良かったんだ』と納得出来る、正しいものにする為に。

 

初めからカッコのいい大人になんてなれないから、怖がらずそのドアを開ければいいだけ。そして、青い風に吹かれながら走り続けたい。

 

 

真剣と書いてマジと読む①(1997)


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もう20年も前。

でも、鮮明にこのドラマの事は覚えている。

まだ中学生だった私には、とても衝撃的なストーリーだった。いや、今見ても、衝撃的なストーリーだ。

 

隔離され、その中に大人は一人もいない。

20歳未満の子供達だけの狭い世界で、初めは争い事ばかりで、問題も多かったけれど、だんだんとまとまっていき、自給自足したり政治をしたり、薬を買う為に脱走したり電波ジャックしたりと、子供なりに必死に知恵を搾って生きようとし始めたのだった。大人になった私が見ると、(10代の子供だからこそできる無謀で考えなしな行動だな。でも、だからこそ強いんだな。)という感想を持った。10代だった私は、当時はどんな事を思って見ていたのだろうか?残念だが、もう覚えていない。

 

見直してみて気付いた事がある。

意外にも、【未満都市 ミマンシティ】の名付け親は、相葉さん演じるアキラだった。『俺達の国旗っていうか旗を作ろうぜ!』という一言から、地区の名前を付ける事になったのだ。子供達だけだけれど、確実にルールなども出来ていき、幕原地区は、小さな小さな国になっていったのだ。きっと、地球上の人間も、初めはルールも知恵も道具も何も無くて、そうやって争いながら、少しずつ進化してきたのだろうなと思った。【人間の本質、ルーツ】のようなものを見せられているようなドラマなのだ。

 

『俺らは死んだってかまへんねん!お前らには、その覚悟無いやろ!』タケルは言った。これが、未満都市の中で一番(あぁ…後先考えずに気持ちだけで行動できる10代の若い頃じゃないと言えない言葉だよねぇ…)と思わせる台詞だった。死んでもかまわない!なんて無鉄砲な若い頃じゃないと、とてもじゃないけど言えない。大人になると、良い意味でも悪い意味でも、守らなくてはいけないものが、子供の頃より圧倒的に増えているのだ。簡単には死ねないのだ。

 

でも、その後にヤマトが言った。『違う。死んじゃダメなんだ。それじゃ何もかも無駄になっちまう。ここで俺達が死んだら、今日まで何の為に苦しい思いをしてきたんだよ。何の為に戦ったんだ。』その時きっと、ヤマトは少し大人になろうとしていたのだ。守る為に、今は諦める。そう考えたのだ。一番冷静で、大人な意見だった。

 

マコト『それ(政府に花を渡す事)は嫌だ。死んでも嫌だ。』

キイチは、『正義の為にカッコ良く死のうぜ。』と言った。

これらの台詞から、それぞれの性格と思いが見える。思春期ならではの危うい無鉄砲さ。それは、大人から見ると、愚かではあるけれども、大人にはもう真似できないカッコ良さでもあるのだ。そう感じてしまう私は、すっかり大人になってしまったのだな、と思った。まだ青い彼らが羨ましくもあった。

 

ヤマト『20年後、コレ(人工衛星の欠片)を持って、またここで会おう。』

タケル『えらい先の話やな。』

 

そう。えらい先の話だと思ってた。

でも、とうとう今夜その日がくるのだ。

まるで、忘れてたタイムカプセルを掘り起こすような気持ちだ。

今、私は、【懐かしい】という優しくワクワクする気持ちを、ゆっくりと味わっている。

 

ヤマト『アンタがおかしいからさ。』

タケル『可哀想やのぅ。』

ヤマト『アンタらは、どうやったって、もう俺達のようにはなれない。』

タケル『せやけど、俺達はアンタらになれる。これから大人っていうやつになっていくんや。』

ヤマト『けど、ならないぜ。アンタらのような大人にはな。』

タケル『絶対な。』

 

僕らが戻る場所は、僅かな時を共に戦った仲間達と、再び会うその時までの、競争の場だ。勇気ある大人になれるのかを競う、競争の場所だ。

 

未満都市のサブタイトルでもある、ぼくらの勇気。今夜、大人になった彼らの最後の勇気が見られる。誰がどのように成長していて、どんな勇気を見せてくれるのか。自分の子供の頃の記憶と、今の自分の姿を重ね合わせながら、懐かしさと共に新鮮さを味わいたい。

 

私は、彼らは、どんな大人になったのか。

今夜、それを確かめたいと思う。

出来ない方の


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新ドラマ【ウチの夫は仕事が出来ない】第一話。なかなか良かった。

 

司さんは、本当に仕事が出来ない。社会人に向いていない。同じ会社に、7年も勤めているのが不思議なくらいだ。テーマとしては『仕事が出来るとは』みたいな事なんだと思うけど、同時に『夫婦とは』みたいなテーマも含まれていると思う。

 

精鋭部署に移動になるところから始まる第一話。でもそれは、期待をされての移動ではなく、所謂、肩たたき系人事異動だったのだ。人から期待されていないというのは、とても楽だけど切ないものである。しかもその、自分が仕事が出来ないという事を、ひょんな事から妻に知られてしまったのだ。これは、夫としての面子にかかわる。自分が会社で、仕事が出来ない扱いされている事を、妻に知られてしまったのかも…と不安になりながら帰宅する司さん。帰宅して妻に『ただいま』と言う司さんの表情は暗い。私自信も今は主婦だ。夫がどんなトーンで『ただいま』を言ったかで、その日の気持ちを少しは察してあげようと思った。笑  

 

司さんの妻の沙也加さんは、優しい人だ。自分の夫を信じている。仕事が出来ないと会社で言われている事を知ってしまった時も、『そんなはずは無い!司さんは頼りがいのある人だもの!』と思い直していた。私なら、そんな風には思えないと思う。笑

 

司さん曰く妻の沙也加さんは『森の妖精さん』らしい。森で友達とはぐれ、一人迷子になっていた時に出会ったのだ。司さんの思う森の妖精さん(妻)のイメージはこうだ。【明るいんです、とっても。料理も上手いし、それに笑顔、彼女の笑った顔とってもいいんです!】こんな事を嬉しそうに言えるのは、新婚ならではなのかもしれないけれど、沙也加さんは司さんが鞄に入れていた退職届を見てしまった日も、明るく元気良く『おかえりなさい!』と司さんを迎えた。決して自分から退職届の話をしたりはしない。必ず一度は夫を信じて待つのだ。沙也加さんが、そうやって信じて待てるからこそ、司さんが自ら『内緒にしてた事があるんだ。僕は、沙也加さんの期待に心から応えたいと思っている。でもね、それが出来ない。僕は…僕は、仕事が出来ません。僕は、沙也加さんの理想の夫には、程遠い夫なんです。』と話してくれたんだろうなと思う。どんな気持ちで司さんは、妻にそんなカッコ悪い事を自ら話してくれたのだろう。そんなカッコ悪い事を自ら話してくれた夫を、沙也加さんはどんな風に思ったのだろう。とても可愛らしくて優しい夫婦だな。とても良いシーンだった。

 

沙也加さんは、会社には仕事が出来ないと言われている夫でも、情けないなんて少しも思っていない。人の気持ちを優先してあげた夫の事を、優しく誇らしく、私の自慢の夫ですと司さんに笑顔で伝えてあげたのだ。さすが森の妖精さん。責めないであげる懐の深さがある。

 

『任された責任がある』

これは司さんの言葉だ。きっとそれが出来ない呼ばわりされながらも、7年も会社に勤めてきた司さんの仕事をする上でのプライドというものなのだろう。仕事が出来なくても、諦めない粘り強さはあるのだ。それこそ粘菌のように。餌を求めて変形していくのだ。司さんの粘り強さも、きっとこれから司さんを変えていくのだろうと思う。

そして、沙也加さんから妊娠を告げられた時にも、きっと同じように、夫として父親になる者としての責任を感じていたのだろう。『頑張らなきゃな…』弱々しくそう言った司さんは、可哀想で可愛い。あと、司さんもとても優しいのだ。自分も急いでいるのに転んだ子供を助けてあげたり、一人でお弁当を売っていて釣り銭がなくなってしまったからと、店仕舞いをしようとしていたオジサンの代わりに、司さんが一万円分の釣り銭を用意してきてあげたのだ。優しい人は損をするし、争い事が嫌いだ。仕事をするという事は、ある意味戦いなので、だから司さんには会社での仕事があまり向いていないのだと思う。

 

男は、女が思うほど、本当はそんなに強くはない。情けないし、頼りないし、弱いのだ。でも、妻や子供や家族や仲間を守りたいと強く思った時、初めて強さを持つのだと思う。周りのお陰で強くいられるのだ。

 

女は、男が思うほど、本当はそんなに弱くはない。司さんの良さが分からない会社なんか辞めていい、辞めても何とかなります、私も働きます、と言えるくらいには強く逞しいのだ。

 

理想像を押し付けない。お互いの弱さと強さを知る。そして補う。家族も会社も、チームワークが大事なのだ。

 

沙也加さんは言った。

『ダサくてもいい。ダサくてもいいから、何でも話せる夫婦になりましょう。』

森の妖精さんは、か弱い妖精さんではなく、強くて逞しい妖精さんなのだ。

 

次の日会社で、上司に『もう一度、僕に仕事をさせて下さい。』と頭を下げる勇気が持てたのは、沙也加さんのお陰なのだ。

 

男の弱さが女の強さになり、女の強さはさらに男の強さにもなるのだ。笑

 

とても微笑ましい夫婦なので、これからも楽しみなドラマです。

 

過保護の末路はピーターパン


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子供でいたい~

ずっとトイザらスキッズ

大好きなオモチャに囲まれて~

大人になんてなりたくなーい

僕らはトイザらスキッズ♪

 

この有名なCMソングは、引きこもりやニートが増えた昨今、助長するからという理由で使用されなくなったらしい。

 

【過保護のカホコ 第一話】を見終えて、このCMソングを思い出した。親の勝手なエゴ。過保護の末路は、きっとピーターパン症候群を増やす事になる。子供でいる事は、とても楽で楽しいのだ。危ない事は、みんな周りがやってくれる。でも、それこそが本当は、とても危ない事なのだ。

 

過保護にされたカホコは、ずっと大人になれない。自分の身を、自分で守る事が出来ないのだ。周りがバリアになってくれていて、危ない事を回避する力がないのだ。カホコには自分の意思はあまりなく、今の自分でも問題ないと満足してしまっている。その生活が永遠に続くと信じて生きている。まるで、おとぎ話のよう。まさにピーターパンである。

 

しかし現実は【皆ずっと楽しく暮らしましたとさ。めでたし めでたし…】とはいかないのだ。人生は続く。変化のない暮らしなど有り得ないのだ。

 

ある時、珍しくいつまでも、家に帰って来ないカホコを心配して、カホコの母は夫にこう言った。

『私は過保護になんかしてないけど?私はあの子に挫折を味あわせたくはないの。何が起きるか分からない世の中だから、どんな危険からも守りたいの!分かるよね?』

うん、分からなくはない。でも、間違っている。

挙げ句の果てには、こうも言った。

『全部私がいけないんでしょ?結局あなたは、私の気持ちなんか分からないのよ。あんな辛い不妊治療して、難産で散々痛い思いしてカホコを産んだのは私なのよ?それなのに、何であの子を不幸にしてるみたいな言い方されなきゃいけないわけ?』

うん、そうだね。大変だったね。娘を大事にしたいのは分かるし、我が子が可愛くて心配なのも分かる。でも、やっぱり間違っている。

 

でもそんなカホコに、少しの変化が起きた。大学で、一人ずっと就職の内定が決まらずにいて『みんな何の為に働いているの?』と言っていたカホコだったが、一人の男性との出会いで、労働の難しさと楽しさ、そして大変さと労働の後のご飯が美味しいという事を学ぶ機会に恵まれたのだ。それを知った時のカホコは、とても嬉しそうだった。当たり前だけど、過保護のカホコにもちゃんと自我の意識はあるのだ。個人としての楽しみも自立したい気持ちも、当たり前の欲求としてあるのだ。

 

両親に温室で、純粋培養されてきた一人の娘が、今、赤の他人によって外の世界を知り、とても野性的に育とうとしているのだ。井の中の蛙が大海を知ろうとしているのだ。

 

過保護のカホコが、どのように急成長していくのか、今後が楽しみである。